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CSRの取り組み

AI時代に必要な能力(脳力)を育成するには

なぜ社会は破たんへ向かうのか

 人類は、今、大きな岐路に立たされています。
 破たんへ向かうのか、それとも、持続への道を進むのかです。

 では、なぜ、持続が難しいのか考えてみると...
 人は、そもそも、先を見すえて行動するということが苦手です。
 とにかく、目先の問題を回避できれば...と考えがちです。
 その積み重ねで、いつかは根本解決に至るだろうということです。

 危機的状況が迫ると、それが、より鮮明になります。
 そして、対症療法(一時しのぎ)に邁進し、問題を複雑化させていきます。
 つまり、生じる副作用(弊害)に、さらに対症療法を重ねていくことになります。
 そのため、社会は複雑化し混迷を深めていきます。(悪循環に陥る)
 そのうちに、手に負えなくなるということです。
 破たんに向かう、絵に書いたようなシナリオです。

 こうした中で、率先して、舵を切っていかないといけないのが企業です。
 そのため、今、CSRやCSVの重要性が叫ばれているわけです。
 では、どういった方向に舵を切るのかです。
 それを、明確にしない限り一歩も進みません。
 結局、形式的(教科書的)な話にとどまってしまいます。
 そして、単に、破たんを先延ばしするだけの(対症療法的)CSRに終わってしまいます。

 なぜ、社会が破たんに向かうのかは明白です。
 それは、私たち人類が、即効性や特殊性を希求し、対症療法に邁進しているからです。
 そのため、対症療法の悪循環に陥り抜け出せないのです。
 つまり、そこからの脱却を目指さなければならないということになります。
 そのために、必要になってくるのが根本療法という観点です。

AI(人工知能)は根本療法を理解できるのか?

 これからの社会を考える上で、外せないのがAIです。
 AIは、膨大な情報を瞬時に分析し的確に答えを出します。
 そして、学習しながら知識を蓄えていくことができます。
 近い将来、多くの仕事がAIに置き換えられると言われています。
 そんなAIなら様々な問題に対して、根本療法的にアプローチできるかも知れません。
 それができれば、人は、AIの指示に従っていけば良いわけです。
 でも、結論から言うと、それは夢物語です。
 正しい情勢判断(状況をまるごと捉えての判断)は、AIにはできません。

 世の中の事象(様々な問題)は、どれも単独で存在しているわけではありません。
 色んな要素が、複雑に絡み合っています。
 その各要素間にも、主要なものと副次的なものなど、様々な関係があります。
 まずは、こうした全体の関連性を明らかにできなければなりません。
 そして、その中から問題解決のカギ(主要矛盾)を探し出していくことになります。
 でも、そのカギは、目立たない(普遍的な)ため見つけ出すことが容易ではありません。

 たとえば、お医者さんの仕事で考えてみると...
 胃潰瘍の診断をするとします。

 胃に潰瘍ができるのは...
 胃が、からっぽの状態で胃液が分泌されてしまうからです。
 それによって、自分の胃を消化してしまいます。
 胃に潰瘍ができるので、胃の病気です。
 したがって、処置の対象は、胃です。
 胃酸の分泌を抑える薬を投与したり、
 重症なら、手術で悪いところを取り除きます。
 これくらいなら、症状や検査内容などからAIでも診断できます。
 そのため、診断や治療は早晩、AI(ロボット)に置き換えられると言われているわけです。

 では、次のような診断はできるのでしょうか?

 潰瘍ができるのは、無秩序に胃液が分泌されてしまうからです。
 なぜ、無秩序に胃液が分泌されてしまうのかというと...
 胃に対する指令がチグハグになって胃が混乱してしまうからです。
 その指令を出しているのは自律神経です。
 その自律神経の乱れが原因ということになります。
 では、なぜ、自律神経が乱れるかというと...
 椎骨の位置がずれるからです。
 それによって、椎間孔が変形し、自律神経を圧迫してしまいます。
 その椎骨の位置を決めているのは、筋肉や靭帯です。
 それらの筋平衡がアンバランスになっているということになります。
 それを制御しているのが「錐体外路中枢」です。
 その錐体外路中枢には、プログラムが内蔵されています。
 そのプログラム癖こそが胃潰瘍の根因ということになります。
 それら、脳の各部位に散在したプログラムは、それぞれに特性を持っています。
 その特性を活かすことで、そのプログラムを正すことができます。
 それによって、根因である筋平衡が正常化し、全ての症状が消失することになります。

 いくら膨大な情報を扱えるAIであっても、このような原因究明はできません。
 また、全体を把握し、そこから主要矛盾を探ったり...
 長所を伸ばして欠点を消失させるというような弁証法的思考もです。
 つまり、根本療法はできないということです。

 そもそもAIを開発するのは人です。
 開発者の頭脳に、根本療法(概念)が無い限り、根本療法的アルゴリズムも生まれてきません。
 今の科学教育の中から、それを生み出していくのは難しいのかもしれません。
 今の科学では、ものごとを細分化して分析するという考えしかないからです。
 そのため、枝葉(現象面)にとらわれ、本質(隠れた部分)をつかめません。
 結果的に、生み出される方法は、対症療法にとどまってしまいます。
 そこから、根本療法的アルゴリズムは生まれようがありません。

 今までは、経済を支えるような人材を育成していけば良かったのかもしれません。
 でも、世の中は大きく変わり、経済至上主義も崩壊に向かっています。
 端的にいうと、これからは、単純な(形式論理的な)仕事はAI任せにできます。
 そして、人は、人間本来の脳力を活かせるような仕事に注力できるようになります。
 あえて、人をロボット化して働かせる必要はなくなるわけです。

 このように、世の中は、大きな転換期にあります。
 その世の中をリードすべき教育が、旧態依然のままでは、未来もままなりません。
 未来を見すえ、科学教育も次のステージへ押し上げていかなければなりません。
 どういったステージかというと...
 ものごとを弁証法的に捉え、総合科学的にアプローチできる能力の育成です。
 それができないと、根本療法的アルゴリズムも生まれてきません。

 したがって、日本の教育戦略としては...
 「弁証法的かつ総合科学的手法を基礎にAI時代に対応できる教育システムを構築し、根本療法を指向できる人材を育成するを要す」ということになるのではと思います。
 そうした教育変革のもとに、はじめて世界をリードできるAI戦略も生まれてきます。

「対症療法」と「根本療法」

 では、対症療法と根本療法とでは、何が違うのかです。
 今の社会では、この二つの方法論が明確に分けられていません。
 対症療法は、直接論理で単純明快です。(大衆に支持されやすい)
 事象を表面的に理解すれば事足ります。(主観的対応につながる)
 根本療法では、事象をまるごと把握(弁証法的に認識)できなければなりません。
 そのため、なかなか、社会に根本療法を指向するという風潮が芽生えてきません。
 それでは、いつまでたっても、対症療法の悪循環から抜け出せません。
 そこで、ここでは、最初に、これらを峻別しておきたいのです。

 対症療法では、文字通り、症状(現象面・欠点・患部)を対象にします。
 悪いところを探し出して、それを排除することで問題解決をはかります。
 これは、原因ではなく結果に対する対応です。
 そのため、即効性はありますが、一時しのぎにしかなりません。
 したがって、解決できたかに見えても、新たな課題(副作用)が生じてきます。

 根本療法では、文字通り、根本的な問題解決を目指します。
 問題の本質に迫って、根本原因を解消することが目標になります。
 そのため、全体的・総合的・多角度的・歴史的に把握できなければなりません。
 そして、実現には時間を要します。
 症状は、あくまでも、チェックポイントであって、処置の対象にはしません。
 原因の解消により、結果である症状は自然に消失していくことになります。

 たとえば、子供の成績アップを例に考えてみると...
 好きな科目をさらに伸ばすように導くのが根本療法といえます。
 それによって、苦手な科目の成績も上がっていきます。
 つまり、優点を伸ばすことが目標になります。
 それは、支配的要素である知的好奇心を養っていくためです。

 これが、対症療法では、表面化している欠点そのものが対象になります。
 したがって、苦手な科目を無理に勉強させることになります。
 それによって、目先の試験の点数を上げることはできます。
 でも、長期的に見ると、勉強嫌いになって知的好奇心も減退させてしまいます。

 このように、対症療法と根本療法では、目標も、対策の焦点も異なります。
 そのため、これらを明確に区別し、使い分けできなければなりません。
 それができないと、対症療法の袋小路に入り込むことになってしまいます。

食料問題をテーマに考えてみる

 持続が危ぶまれる要因には、様々なものがありますが...
 そのひとつに生存に直結する食料危機があります。
 それも、遠くない将来、地球規模の食料危機がおとずれると言われています。
 そこで、ここからは、食料問題をテーマに、より具体的に考えていきたいと思います。

 でも、日本においては、それほど深刻には捉えられていません。
 今は、飽食の時代であって、「飢え」をリアルに感じることができないからです。
 食料の半分近くが、当たり前に廃棄されています。
 そして、皆、このような状況が、ずっと続くと思っています。

 食糧危機を招く最たるものは、農業の破たんです。
 今、日本の農業が危機的状況にあるのは周知の事実です。
 高齢化が進み、農家の数は年々減り続けています。
 農業は、重労働のわりに、収入も安定しません。
 将来性の無い仕事には、誰も就きたくはありません。
 そんな中で、起こってくるのが大規模化や効率化優先の流れです。
 今よりも、さらに効率化を図っていけば、当面は大丈夫だろうということです。
 そして、負の部分は目をつぶって、強引な対症療法に邁進していくことになります。

 これは、世界的な流れ(グローバリゼーションの波)です。
 食の主導権を握りさえすれば、世界を牛耳ることができます。
 そのため、利益追求のための農業に、資金や政治力が投下されていきます。
 人的犠牲(搾取など)や環境破壊、未来の資源の先食いなどもいとわずにです。
 そんな中で、環境や住民に配慮した地域農業は駆逐されていきます。
 そのため、生態系が破壊され、多様性が失われ、農地も砂漠化していきます。
 そのうち、肥料資源も枯渇します。
 そして、格差拡大、紛争...というように破たんへと向かうことになります。
 そこに、気候変動がとどめを刺すことになります。

 もちろん、こうした状況を鑑みて、様々な取り組みがなされています。
 持続可能な環境保全型の農業を志したいという人も少なからずいます。
 でも、そこには、やはり、経済的な原則が立ちはだかります。
 つまり、大衆のニーズや価値観と合致しないのです。

 たとえば、当社の実験菜園の自然栽培(無施肥・無農薬栽培)のミカンです。
 十数年間、ほとんど放任状態です。

 

 それでも、実はしまり味は格別です。
 窒素肥料もゼロで、本来の生育リズムで育っているのですから...
 (肥料であおると生育のリズムを乱し実がブクブクになる)
 摘果はしていないため、大きさや糖度もばらつきがあります。
 (中には、糖度が14度を超えるようなものもある)
 殺菌剤を散布しないため皮もオレンジピールにして食べられます。
 でも、殺菌したミカンに比べツヤはありません。
 特に、今年(2018)は、台風が頻発しキズも多くついています。

 

 

 このような、形が揃わず見かけが悪いものは商品にはなりません。
 いくら環境に優しい栽培法で、健康的で美味しいものを育ててもです。
 野菜や穀物にしても同様です。
 つまり、手間や農薬等のコストをかけてでも、見た目の良いものを作らざるをえません。
 そして、箱詰めして、流通に乗せることができることが前提です。
 そのため、慣行農法で、規格品を効率的に大量生産するというのが主流になってきます。
 しかし、これから少子高齢化が進み、ますます市場は縮小していきます。
 そして、グローバリゼーションの波に飲み込まれていきます。
 そのため、さらに競争が激化し、消耗戦に突入することになります。
 このような、旧態依然のビジネス形態では、破たんすることは目に見えています。

種から考える

 では、なぜ、こうした状況に陥っているのかです。
 まずは、大きな流れで全体的に捉えなければなりません。
 ざっと、時系列で見ていくことにしましょう。

 一昔前までは、育てた野菜から種を採って、翌年にそれを蒔いて...
 というのが当たり前でした。
 でも、今では、そんなことをしている農家は皆無です。
 では、なぜ、農家は、採種をやめてしまったのかというと...
 昔ながらの種では、均一な野菜に育たないからです。

 今、市場に出回っている種はF1種(一代交配種)といいます。
 流通に適するように、品種改良された種です。
 したがって、育った野菜は、色や形・大きさなどが揃います。
 このF1種は、見た目重視の消費者ニーズに合致し、またたく間に普及しました。

 でも、それによって、野菜の個性が無くなってしまいました。
 味も甘いだけで、野菜本来の風味も失われてしまいました。
 そのため、素材の味を活かす日本の食文化もダメになってしまいました。

 そして深刻なのは、昔ながらの種が消滅の危機に瀕しているということです。
 種は、採種されなくなると途絶えてしまいます。
 昔ながらの種というのは、いわば原種(遺伝資源)です。
 原種が無くなると、流通用の野菜(F1種)も作れなくなってしまいます。
 (F1種とは、異なる原種どおしを掛け合わせた一代目という意味です)

 大元である種が変わると、全てが変わってきます。
 F1種というのは、栽培される土地で生まれ育った種ではありません。
 (今では、9割以上の種は海外で生産されています)
 それを、いきなり新しい土地に蒔いても、うまく育ってくれるとは限りません。
 そのため、どうしても、肥料に頼らざるをえなくなります。
 肥料を与えると、害虫の被害が増えます。
 そのため、今度は、農薬が必要になってきます。
 肥料によって、雑草も繁茂しますので、除草剤も必要になってきます。

 そのうちに、生態系が壊れ、土壌そのものがダメになってきます。
 そうなると、肥料や農薬なしには作物が育たなくなります。
 そのまま、突き進むしかありません。
 そこで、やっかいな問題が生じてきました。
 害虫や菌・雑草などが農薬に対する耐性をもつようになってきたのです。
 (身体でいうところの抗生物質に対する耐性菌と同じです)
 頼みの綱である農薬が効かないのですから...どうにもならなくなります。

 そして、多肥栽培によって野菜の品質が低下してしまいました。
 野菜も、栄養分を摂り過ぎると、代謝不良を起こしてしまいます。
 吸収した窒素分が蛋白質になりきれずに野菜の体内に残ってしまうのです。
 それが、エグ味になったり、健康被害につながったりします。
 最近、取りざたされている野菜体内の硝酸態窒素濃度の問題です。

 海外(EUなど)では、この硝酸態窒素の基準値も定められています。
 したがって、日本の葉物野菜などは、輸出できないといわれています。
 韓国や中国も国を挙げて、環境保全と食の安全安心にシフトしています。
 これからは、農業も、いやおうなくグローバル化の波に飲み込まれることになります。
 そうなると、今の日本の野菜では太刀打ちできません。

 そこに追い打ちをかけるのが、異常気象です。
 今の日本の野菜では、干ばつや長雨に対応できません。
 これも、多肥栽培が災いしています。
 過剰な肥料を与えられた野菜は、根を深く張りません。
 そのため、ちょっとした環境の変化にも耐えられないのです。

 そして、そういった異常気象を引き起こす要因になっているのが肥料です。
 圃場に撒かれた窒素肥料の半分以上は、亜酸化窒素ガスに変わり拡散していきます。
 それが、温室効果をもたらし、温暖化を促進し、気候変動が起こるわけです。
 (亜酸化窒素ガスは、二酸化炭素の約300倍の温室効果を持つといわれています)

農業が衰退する根因は何か

 ここでは、農業の課題を整理して見ていくことにしましょう。
 まずは、今の農業は、どういった課題があるのか洗い出してみます。

@儲からない...(収益性)
 売上から経費を差し引くと、わずかしか残りません。
 利益を出すためには、いかにしてコストダウンできるかです。

A安定しない...(安定性)
 相手は自然ですので、思い通りにはいきません。
 特に、干ばつやゲリラ豪雨などの異常気象も増えることが予想されます。

B持続性が難しい...(持続性)
 圃場の深耕により、作土の流失、有機物の損耗などが起こっています。
 ほとんどの圃場に硬盤層が形成されてしまっています。
 圃場の保全を考えないと作物が育たなくなってしまいます。
 害虫や病気・雑草の防除に、農薬が効かなくなっています。(薬剤抵抗性)

C環境への悪影響が著しい...(環境保全)
 農薬や肥料は地下水に混じり、川や海に流入し、生態系を蝕んでいます。
 人目につかないところで多くの生き物が絶滅しています。
 こうした環境破壊は、魚介類等をも含めた食料危機につながってしまいます。

D商品価値が低い...(付加価値)
 価格競争のみに陥った産業は衰退していきます。
 多様化する価値観に対応していかなければなりません。

 このように、課題は山積みです。
 普通は、こうした課題のひとつひとつを焦点にして原因を探っていきます。
 でも、こうした課題は、単独で存在しているわけではありません。
 様々な要素が関連し合っています。
 その各要素間にも、主要なものと副次的・従属的なものなど様々な関係があります。
 こうした関係性を把握しなければ、事実を把握したことにはなりません。

 その事実を把握した上で、対策の焦点を見定めていかなければなりません。
 対策の焦点というのは、問題の本質部分です。
 それさえ解決できたら他の問題(副次的な問題)は、自然に解消されていくというものです。
 つまり、問題解決のためのカギです。

 ここで取り上げた課題のひとまとまりを一つの系とします。
 その系の中に、問題解決のためのカギがあります。
 それを、全力を上げて探っていくことになります。
 しかし、そのカギは、平凡で目立たない存在として隠されています。
 したがって、もし、見つけたと思ったカギが目立っていたら再検討しなければなりません。

 このように分析していくと、そのカギは、過剰施肥にあるということがわかります。
 つまり、過剰施肥の問題を解決すれば、すべての問題が解消することになります。
 具体的に、過剰施肥による影響を探っていくと...

@過剰施肥によりコストが上がる...(収益性)
 肥料を購入するための経費がかかるというだけではありません。
 過剰施肥になると、病虫害の被害が避けられず、農薬や殺菌剤が必須になってきます。
 毛細根の発育を抑制し、リン酸を吸収できなくなりますので、生育の管理も大変になります。
 無機態窒素が、作物と菌類との共生関係を断ち、連作障害を引き起こします。

A過剰施肥により収量が不安定に...(安定性)
 根張りが悪くなり、ひ弱に育ち、悪天候(異常気象)に対応できなくなります。
 作物に過剰吸収された窒素の処理に、炭水化物が使われるため果実や根が育ちません。

B過剰施肥により圃場がダメに...(持続性)
 有機物が損耗すると、リン酸が金属イオンと結合して硬盤層を作ってしまいます。
 生態系や微生物環境を壊し、作物の生育が悪くなります。
 そして、土壌中の有機物が無くなると砂漠と化してしまいます。

C過剰施肥が環境を破壊する...(環境保全)
 過剰施肥になると、農薬や殺菌剤も大量に使わなければなりません。
 そのため、環境には大きな負荷がかかり、生態系をむしばんでいきます。
 硝酸態窒素が地下水などに浸透し飲料水などに悪影響を与えます。
 海に流れ出た肥料分によって植物プランクトンが増殖し赤潮が発生します。
 酸欠や有毒プランクトンによって、魚貝類を死に至らしめます。
 蒸発した窒素分(亜酸化窒素)は、温室効果ガスとして地球温暖化を促進します。
 また、オゾン層を破壊し、人体にも深刻な影響を与えます。

D過剰施肥により商品価値が下がる...(付加価値)  
 過剰に吸収された窒素の処理に、炭水化物が使われるため糖度が上がりません。
 作物体内の硝酸態窒素の含有量が増え、健康的でなくなります。
 食味も落ちて、栄養価も低くなり、日持ちも悪くなります。

 このように、全体を把握することによって、はじめて根因(主要矛盾)に行き着きます。
 その根因を解消することで、副次的・従属的矛盾は、自然に消失していきます。
 これは、家庭や会社・学校・地域・国・世界などの問題でも同様です。
 こうした各系は、無数の問題で構成されています。
 そして、これらの系の中には、必ず、ただひとつの主要矛盾があります。
 それ以外の問題は、全て副次的・従属的な問題であるにしか過ぎません。
 したがって、それらを焦点にしたとしても根本的な解決にはなりません。

 たとえば、家庭の問題として、嫁姑の争いや子供の登校拒否などの問題がある場合...
 夫婦間の問題が主要矛盾であれば、それが解決されない限り、嫁姑の争いも子供の登校拒否も解決しません。
 世界の食糧問題を考えるに当たっては、
 「新植民地主義支配(経済的・教育的従属化)」と「収奪され続けてきた旧植民地諸国」との間の対立があります。
 この主要矛盾を踏まえて情勢判断を行っていかない限り、根本解決には至りません。
 結局のところ、対症療法に終わり、返って問題をこじらせてしまいます。

外力(対症療法)の限界を知る

 このように見てくると、私たちは、強い思い込みに操られているということが分かります。
 それは、直接的な外力(条件)によって、内因(主体)をより良く(発展方向に)変えることができるというものです。
 でも、実際のところ、それは無理な話です。

 たとえば、野菜の種を植えるとします。
 そして、水分や温度などの条件を整えてあげます。
 しばらくすると、芽が出てきます。
 この種の中にある「いのち」のはたらきが内因(因)です。
 そして、水分や温度などの条件が外因(縁)です。

 私たち(外因)が、野菜(内因)に対して、してあげられるのは、適度な条件を整えてあげるということだけです。
 もう少し詳しく整理すると...

 外因によって、内因を創り出すことはできません。
 外因によって、内因の力を高めることもできません。
 外因が作用できるのは、内因のはたらきを介してだけです。
 外因の作用に対して、内因には内部応力が発生し、その一部が残留します。
 外因による作用の効果は、局部的・一時的です。
 (全体・時相でみると混乱を招きます)
 作用の効果に比例して、弊害(副作用)も大きくなります。
 外因の作用が効果を現す場合は、内因が持つ本来の機能は低下します。

 たとえば、ステロイドや抗うつ剤を考えてみれば分かりやすいと思います。
 ホルモンなど、体内で作られる物質を外から補うような場合は...
 身体に直接的に作用するので、効果も高いです。
 その変わり、本来の機能は低下することになります。
 外から与えられることで、体内で作る必要が無くなるわけです。
 そして、効果が高い分、副作用も強くなります。

 土壌では、窒素肥料を考えてみれば分かりやすいと思います。
 植物は、土壌の共生細菌から必要な栄養素をもらい、
 逆に、その菌たちに、必要な栄養素を与えています。
 でも、外から肥料が施されると、植物は、根の張りが悪くなります。
 そして、こうした共生関係は壊れてしまいます。
 逆に、肥料分が少ない土壌では、根の張りが良くなり毛細根も増えます。
 そして、微生物との共生関係が築かれていきます。

 これは、私たちの腸でも一緒です。
 菜食などで、蛋白質を摂らずに、不足した場合です。
 腸内でのアミノ酸を生成する機能が高まり不足分を補うようになります。
 腸内の窒素固定菌が増えて、腸内でアミノ酸を生成してくれるのです。

 形式論理では、プラス(与える)することで増えます。
 でも、事実は、逆だということです。

 このように、物事を発展方向に導く原動力は、内因にありました。
 (内因が支配的で、外因は条件にしかすぎません)
 ところが、衰退方向へは、外因の力は、支配的にはたらきます。
 つまり、外因によって、内因を破壊することは容易だということです。
 たとえば、たっぷりの栄養を与えようと、多めに肥料を施すとします。
 すると、野菜は、根腐れして枯れてしまいます。
 手助けのつもりでも、内因が受容できる範囲を超えたら破壊につながってしまいます。
 このようなことは、日常的に行われています。
 つまり、目先の成果のため、内因をねじ伏せ、成長の芽を摘むということです。
 それは、良いつもりで行っていることなので、なかなか無くなりません。

食を守っていくには

 では、どうやって、食を守っていけば良いのかです。
 こうした中では、コミュニティや地域など、ローカルで守っていくしかないわけです。
 その基準になる考え方が、「地産地消」であり「適地適作」です。
 つまり、必要なものは自分たちで作っていこう。
 そして、自分たちで消費していこうというものです。
 まずは、何よりも大事な自立を目指そうということです。
 でも、それだけでは、自分たちさえ飢えなければ良いということになってしまいます。
 また、自分たちだけで、全てをまかなうわけにもいきません。

 そこで、「適地適作」です。
 各地域で、その地域に適したものを、適切な方法で作っていこうということになります。
 それによって、生産コストや環境への負荷も大幅に軽減できます。
 そして、多めに作って、みんなで分け合っていけば良いということになります。
 つまり、各々の特色を活かし、支え合っていこうという考え方です。
 そのためには、各々が自立できなければなりません。
 そして、良いところを見つけ、それを伸ばしていくことが必要です。
 こうしたことができるのはローカルな経済の強みです。
 そこから、市場原理から離れた新たな価値も創出されることになります。

 それによって、ビジネス形態も大きく変わってきます。
 大量生産から高付加価値化への転換が可能になるということです。
 そして、提案型ビジネスへの移行です。
 それによって、新たな価値が生まれ、市場の創造もなされていくことになります。
 地域の食文化を復活(創造)し、食の世界を盛り上げていくことも可能です。
 また、ネット社会との連携も相まって、それが広がりを見せていきます。
 それが、都市と農村との架け橋となっていきます。

「量り売り」で農業は変わる

 ローカルな経済で食を守っていくというのは...
 たとえば、農家直販や直売所を充実させていくことでもあります。
 また、コミュニティ菜園や自給菜園の作物の流通も広まっていくでしょう。
 そういった場合、「量り売り」という形態はとても有効です。

 「量り売り」というのは...
 お客さん自身で、欲しい分だけ袋に入れ、それを「はかり」に乗せ精算するというものです。
 このような形態は、フランスのマルシェや欧米のオーガニックスーパーでは一般的です。
 もし、日本でも、この「量り売り」が広まれば、食の世界が大きく変わるかも知れません。

 この「量り売り」のメリットは、
 自分が欲しい分だけ買えるので食材の無駄がでません。
 包装の袋やパックなども不要になりますので、資材も節約できます。
 ゴミも大幅に減らせます。
 これは、マイクロプラスチック汚染対策のためにも重要です。
 生産者は、袋詰めなどの作業の手間も省けます。
 人手不足が進む中、こうした省力化も必須です。

 でも、それだけではありません。
 「量り売り」は、農業の形態を大きく変えうる可能性を秘めているということです。
 前述の通り、今、日本の農業が危機的状況にあります。
 なぜ、こうした状況に陥っているのかというと...
 効率化優先で突き進んできたからです。
 では、なぜ、効率化優先で、進まざるを得なかったのかです。

 今までは、いくら高品質の野菜を栽培しても市場では評価されませんでした。
 そのため、規格化された単一品種の野菜を、工業製品のように作るしかありませんでした。
 そして、少しでも収量を上げようと、多くの肥料を投入してきました。
 それによって、今のような状況を招くことになっています。

 もし、「量り売り」が可能になると...
 今までのように、規格化された野菜である必要がありません。
 生産者は、多品種・少量生産で、付加価値の高い野菜も扱えます。
 つまり、固定種や伝統野菜、在来種、エアルーム野菜なども扱えるわけです。
 そして、無農薬栽培で、多少の虫食いがあっても問題ありません。
 お客さん自身で、欲しいものを選んでくれるのですから...

 それによって、ビジネス形態も大きく変わってきます。
 高付加価値化・提案型ビジネスへの転換が可能になるということです。
 たとえば、今では、野菜は、甘ければ美味しいという価値観しかありません。
 食の世界は、まだまだ未熟で未開拓といえます。
 野菜本来の魅力を発信する余地はいくらでもあります。
 個性豊かな野菜が市場に出回るようになれば、消費者の意識も変わっていきます。
 そこから、新たな価値や市場が創造されていくことになります。
 そして、食に関する産業全般の活性化にもつながります。

「量り売り」のためのシステムについて

 「量り売り」を始めるにも、そのためにはシステムが必要です。
 でも、本格的なセルフレジ・システムの導入となると、多大なコストがかかってきます。
 一般の農家さんや小規模商店向けのシステムはありません。
 それでは、いくら多くのメリットがある量り売りでも普及は望めません。
 コストをかけずに、気軽に導入できるシステムがあれば...
 ということで、Windowsパソコンで利用できるシステムを開発しました。
 下記のリンクでご案内しています。

 「量り売り」から始めよう『セルフレジ量り売り』

 

種から「地産地消」

 これからは、効率化優先の農業では輸入作物に駆逐されてしまいます。
 そればかりか、地球規模の食糧危機に陥り、海外の作物も入ってこなくなります。
 また、環境に負荷をかけ続けると、そのうち魚介類も食べられなくなります。

 いちはやく、持続可能な農業へ転換していかなければなりません。
 その際のカギを握るのが種です。
 今では、種の9割以上を海外に依存しています。
 そして、最も深刻なのは、多くの原種が失われつつあるということです。
 国内の採種農家は、高齢化に伴い壊滅寸前です。
 食糧危機回避のためには、いかに良い種を育成し確保できるかです。
 良い種とは、「無施肥で育つ省エネ型の強い種」です。
 そんな種なら、根の張りが良く、少々の異常気象にも対応できます。
 肥料を施す必要がありませんから、病虫害も防ぐことができます。
 そのため、無農薬での栽培が可能になります。
 また、肥料資源が枯渇したとしても、何ら影響ありません。
 そして、何より作物の品質が向上します。

 種の育成とはいっても、決して特別なことではありません。
 種に内在する力を、自家採種によって引き出すというだけです。
 生育の良かった株から種を採って、翌年にその種を蒔いて...の繰り返しです。
 それで、その土地に合った作物へと進化していくのです。
 つまり、自家採種によって、真の適地適作が実現することになります。
 同時に、真の地産地消もです。
 そもそも、肝心の種が海外産では地産にはなりません。
 そして、生産者の真の主体性の確立が可能になるということです。

 こうした中で、価値を持ってくるのが中山間地域です。
 中山間地域は、高品質の作物を栽培するのにうってつけです。
 昼夜の温度落差のあるところでは、高糖度の良い作物ができます。
 周辺の農地からの農薬の飛散、土壌や水の汚染がありません。
 地下水に肥料分(窒素分)が流入しません。
 交雑が起こりにくいため自家採種ができます。など...
 日本には、このような中山間地域という広大な資源が眠っています。
 その資源をフルに活かしていけるかどうかが日本の命運を決めます。
 そのチャンスは今しかありません。
 農地が原野化してしまってからでは、もう手遅れです。
 日本が掲げるべき農業戦略は...
 「中山間地域を食料基地とすべく持続可能な適地適作農業を推進するを要す」ということになるのではと思います。


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